FC2ブログ

ウィメンズセンター大阪のご紹介

 2008-06-18
ウィメンズセンター大阪をご紹介します。

「年齢や生活が違っていても、私たち女性はみんな同じように自分のからだや 性にまつわる不安や悩み、社会の中での生きにくさを、「女性であるがために」経験しています。それらのことについて率直に語り合い、相談できる場がウィメンズセンター大阪です。
 女たちがお互いの知識や経験を持ち寄って、自分たちで問題を解決できる力をつけていくことをめざしています。」(ウィメンズセンター大阪ホームページから)

ホームページはこちらからどうぞ。
http://homepage3.nifty.com/wco/

- * - * - * - * - * - * - * - * - * - * - * - * - * - * -
女たちはどこにでもいる 2007年10月13日

 10月13日(土)「女たちはどこにでもいる~WSF世界社会フォーラム ナイロビ報告会」をクレオ大阪中央にて開催しました。「女性の人生と性・堕胎罪のある国をなくしたい」とサブタイトルをつけたこの報告会の内容を要約して、シリーズでおしらせします。



 当日は、ウィメンズセンター大阪のスタッフで、産婦人科医の加藤治子さんが司会を行ない、この報告会を開催するにいたった経緯や、ウィメンズセンター大阪と講師の麻鳥澄江さんとの関わりなどについて紹介したあと、麻鳥澄江さんと鈴木文さんによる報告会へとうつりました。

女たちの財産は1%?!

麻鳥)自己紹介します。25年前から「阻止連」=優生保護法改悪阻止連絡会のメンバーです。女性同性愛者の事務所「れ組スタジオ・東京」のメンバーです。女性の安全と健康ための支援教育センターの運営委員をしています。性暴力の被害にあった方たちと直接対応する現場の人たちが、ともに研修するNPOで、ウィメンズセンター大阪のスタッフも参加していらっしゃいます。女が女に空間をプレゼントする「女の空間NPO」は、女の人が自力で稼いだお金で一人住まいなどをしていた場合に、なんだかわからない法定相続人や交流もない甥や姪に、どうして汗水流して稼いだものをあげなくちゃならないのか、どこかNPOがちゃんと受け入れ態勢をとってくれれば、自分のマンションを死後に提供するのにという声にこたえられるNPOです。そこに寄付された家やマンションは女性活動の事務所やシェルター、ステップハウスなどに活用されます。
 この数年は、今日一緒に来ている鈴木文さんと共著の本を数冊出しています。支援者のための『ドメスティック・バイオレンス』、共訳の『もし大切な人が子どもの頃に性虐待にあっていたら』、昨年書き上げた『女の遺言』などです。
『女の遺言』本を書くときには、婚姻していない人や男女愛恋愛ではない人たちから話をたくさん聴きました。老いることや医療についての疑問や不安も含めての一冊を書き上げました。そんなこんなで女にとっての遺言のことを最近はよく考えます。女から女たちへという志だけあっても、準備しておかなくて死後に実現しないこともわかるようになりました。
それで、その準備も兼ねて、これからの10年間の自分の希望を記録する『満月』と銘打った10年日記をつくりました。その中に遺言練習ページも入っています。「いくつになっても自分の成長が楽しみな方へ」がサブタイトルです。私自身が来年60歳になるので、どうしても作りたかった一冊です。
これから話す報告にもつながるのですが、誰もが「これは自分の人生だ」と朗らかに言える社会を、自分の足元から作りたい。自分を鏡にして、自分の希望を実現させたいです。

かつては「資本主義はこんなにひどいよ」と言ってましたが、この頃はネオリベラリズムが世界中を嵐に巻き込んでいます。「新自由主義」と訳されていて、要するに「お金をもっている者が社会正義を決めてしまう」という嵐が世界を吹き荒れています。
身近な話からいくと、ほとんどの女性には35年間月経があって、これは私にとってどんな豊かさか。で、どんなことが禁止されると、私自身が破滅に向かうのかを、日本のサイズじゃなくて、世界のサイズで考えたい。たとえば、「女が産むという物語たち」は、国や経済を握っている側から見ると、私たちを数で数えてくるという絶望的な誤解があります。そんな見識のまま、女の人生に入ってこないでよ、と言いたいです。
具体的なこととしては、日本の刑法には堕胎罪があります。今は中絶手術は病院でできますが、それは許可してもらっているに過ぎない。堕胎罪で女を大枠で管理して、母体保護法の範囲で女は中絶を許してもらっている。妊娠中絶をすれば、法律の運用が変わると、いつでも堕胎罪で逮捕されて刑務所にいかなくちゃならない。私の母の時代は、年間だいたい500人ぐらいが堕胎罪で刑務所に入れられていたそうです。1948年にできた優生保護法の中に中絶の許可条件があり、やっと堕胎罪から逃れる抜け道があいただけです。当時は、いわゆるベビーブームで、私が生まれた1948年は240万人近く生まれていますが、中絶の件数はそれより多いとききました。つまり私たちのベビーブームの年代は2人に1人しか生き残っていない。でも、中絶しないと自分の人生をやっていけないと思った人たち、それだけの女の人がいたということですね。それは産むのも地獄、中絶するのも地獄だったはずです。嫌なものを二つ並べて、それでも女は選択するしかなかった。それを、貧乏なところは少なくしろだの、頭のいい人は子どもを産めだの、「女を管理する」側は支離滅裂なことを言ってくる。日本では、女は産めと言っておきながら、いざ妊娠しても医療体制が後退してて、たらい回しになる現実。言ってることと、女の人の希望をつなぐこととが離れていますよね。
さっき、10年記録をつけて自分の死と向かい合い、死ぬことも考えながら生きていくと言いました。私は財産というものについて、女から女に渡そうにも、この世の中はどうなっているんだと猛烈に腹が立つようになりました。なぜならば、女の置かれた条件の歴史を調べると、明治生まれの祖母の時代は女は貯金しようにも通帳を作れなかった。大正生まれの母は通帳を作れたけれど、自分のものとして持たせてもらえなかった。鈴木文さんはたまたま弁護士の資格をもっているので、この『女の遺言』本のことを考えるときに質問してみました。私が「遺す財産って、通帳の金額のことだよね」って言ったら、「一般的に財産とは、家、土地、株券、自分の会社、何かの権利などですね」との答え。あれれ、でした。
財産という考え方が、こんなに世の中と私がズレてるのに気がつきました。私だけじゃない。女にとって「財産」のイメージはどんなものですか?
最初に言いましたが、資本主義から新自由主義に翻弄される今、お金を持っている方が社会正義を決定していく今の世の中では、圧倒的に私は不利じゃないかと思ったんです。まわりの女たちも、財産と呼べるものをほとんどもっていない。せいぜいが女の空間NPOのように自分が住んでるマンションを女の運動に置いていこうかなぐらいで、男性が所有している財産とは比べるまでもない。ここにいる方はご存知だと思いますが、世界の私有財産を100としたら、女の人が持っている財産を全て足しても、エリザベス女王のダイヤモンドを加えても、1%以下しかない。という現実を考えながら報告のスライドを見てください。なぜならば、こういうことに「えーっ、何という世の中だ!」と思いながら行った会議だからです。

グローバリゼーションとは

鈴木)肩書きはいろいろありますが、阻止連という団体に所属しています。阻止連は1982年に優生保護法が改悪されそうになったときに、これを阻止するという目的でつくられた全国規模の連絡会です。現在の刑法堕胎罪が1907年にスタートして今年で100年。その堕胎罪について私も強く反対したい。人工妊娠中絶を処罰する規定がある限り、女性が自分の身体、自分の生き方について自分の手の中にない。結局は女性の政治参加が充分にできていない。それは日本だけの状況ではありません。この世界には、人工妊娠中絶を全面的に禁じている国もあります。そういう国では、女性の政治参加が一部にとどめられてしまう。たとえば売春防止法にしても、自分の身体や人生をコントロールする権利を、女性が持つのではなくて、国家が持ってしまう。国家が処罰をもって介入する。そういうことに大いに疑問があって、私はこの活動にかかわっています。
お配りしている「女たちはどこにでもいる」という冊子は、私たちがケニアでの行動の順番にまとめています。資料冊子とパワーポイントの両方で報告させてもらいます。
私たちが2007年1月に参加してきた、ワールド・ソーシャル・フォーラム(WSF 世界社会フォーラム)は、新自由主義のグローバリゼーションに対抗するものです。新聞などでご存知のように、毎年1月にスイスのダボスで開かれているワールド・エコノミック・フォーラム(世界経済フォーラム)に対抗するために、地域的・権力的に「南」の部分で毎年開催(2001年から)されているもので、今年はケニアの首都ナイロビで開かれ、私たちも参加してきました。
グローバリゼーションとはどういうものか。お金があれば世界を愚弄できる、です。お金がいろんな基準を決めてしまう。もちろん資本主義というのはある意味そういうところで動いているんですが、その中でもここ30年間の新自由主義、グローバリゼーションでは「人間の尊厳や最低限の基準すら侵害してしまってもかまわない」という原理で動いているものと位置づけています。
発想としての新自由主義と、経済としてのグローバリゼーションのもとで何が起きているかというと、お金のある側、権力のある側はどこまでも搾取する自由がある。逆に、そうでない側は「飢える自由」と「死ぬ自由」、自由と言っていいのかわかりませんが、そういう立場でしかなくなってしまう。金があるかないかで世界が大きく変わってしまうということです。
私たちは『女の遺言』本の執筆もしましたが、誰もが生きていていいんだと言える社会を目指している。でも今の社会はそうじゃない。お金がない人、社会からはじき出された人というのは、生きていてもいいということすら保障されていない。そのことに反対していきたいと思っています。
こういう新自由主義やグローバリゼーションのもとで起きていることとして、貧困や格差、排外主義、原理主義、また暴力の連鎖が起きていると考えています。起きている格差の例を少し挙げますと、1960年の段階では上位20%と下位20%の人々の所得の差というのは、国連の発表で30倍でしたが、1985年には82倍になっている。
それからいろんなものが商品、お金の対象としてやりとりされています。例えば女性の身体が自分でコントロールする側にはなくて、商品になったり材料になったりすることがグローバリゼーションで起きていることになります。
希望しないグローバリゼーションにどう立ち向かっていくのか。いろんな立場があって、異なった立場の運動がさまざまにあります。その運動はどうすれば連携できるのかが課題になってきます。新自由主義のもとでは、保守的な力の側は一つの主題に基づいて主張している。これはバックラッシュの話を聞いてみなさんも感じておられると思いますが、一つの単純なメッセージを出している。それに対抗する側、つまり、私たちの側はどんなことができるかというと、多様性というのを尊重するので、それぞれが違いを持ちつつ主張をするために連携が難しくなってしまう。それを統一してしまうとか、または一つの主張で固めてしまうのではなくて、違いがありながらどのように深めていくのか、ということを私たちは追及しています。
麻鳥)グローバリゼーションという言葉、10数年前にはまるでよいアイデアのように華々しくカタカナ化されてきましたが、今は何やら悪いことをされるんじゃないかと感じるようになってきていると思います。こちらが希望しないグローバリゼーションに対抗する方法、たくさんあったと思うんです。
海外で中絶法や堕胎罪の話をするときに、日本と違って、障がいの部分に対してちゃんと話題にならない。なぜなら接するチャンスがない。中絶については、権利として、取るか取らないかという考え方です。日本は中絶許可条項があるのが、優生保護法という名前の法律の中にあることで、差別されて中絶させられる立場に置かれた人々からは、自分たちは劣生だと言いたいのかと、怒りがきました。女として「産む産まないは私が決める」という考え方に対して、障がいのある人たちから考えるべき言葉をいっぱいもらったわけです。そうして、簡単には自分の身体は自分のものと言えない現実や、産む産まないという考え方だけでは運動を展開できないということに直面させてもらいました。最初は対立しました。「あなた方は、ボクが生まれるのをだめ、ペケにするんですか?」と言っている内容を聴き、なぜ女が産みづらくて、育てづらくて、良くないことは産んだ女のせいにされるのかというところまで話をして、障がいをもっている人も女も自分のことを話す、どちらも存在するとわかると考え方も変わってくる。その後、阻止連では海外での国際会議に行くときには必ず優生思想という言葉や管理の話も一緒に持っていくようにしています。
要するに誰もが生きていていい、誰もが選択していい。決して対立するものではないというところまでいくのに、25年経ちましたか。今では日本で中絶のことを考えるときに、障がいの課題を当然のように一緒に考えるところまできているのではないでしょうか。相違というのが、いい・悪いという問題じゃないというのを私たちの中でつくりあげてきた、その一つの例だと思います。

女たちはどこにでもいる

鈴木)グローバリゼーションを批判しようという動きは96年ごろからはじまったといわれています。ある意味でグローバリゼーションが女性の健康や人生に悪い影響を及ぼしていますが、社会の中で弱い立場、より周辺におかれた人に悪い影響が及ぶということであり、女性と男性に対して平等にその影響が及んでいるわけではない。そういう意味でグローバリゼーションに反対して、修正していくという活動をやっていきたいと思います。しかし、グローバリゼーションに反対していく中で、何が起こってきたのか。例えば反グローバリゼーションの運動の中で女性の立場や主張、女性がどんな立場におかれているかということが、軽視されてしまう。そういうことに対して複雑な視点を持たなければいけないと感じています。
第二次世界大戦後の流れとして、1960年頃にはとくに経済開発、途上国のインフラを整えることからスタートして、その結果として、貧しい人にも恩恵が届いていくのではないかという、これを「トリックルダウン」と言いますが、そういう形で開発はされていきました。70年代に入って、社会開発という言葉もいったんは使われました。しかし、80年代になって、いわゆる先進国でも途上国でも雲行きが変わってきた。お金を持っている側が力を持って、いろんなことを決める権利があるようになった。お金のない側はお金がないゆえに、いろんなことに対して、本来求められるべき健康や権利を制約させられてしまった。
80年以降の秩序がどうなったか。世界の法や正義をつくるのが本来民主主義で、その中には人権や人間の尊重、尊厳があるはずですが、そうではなくて、金融市場が決めてしまう。その中では、人は奴隷にもなりうる。そのような秩序ができてしまった。経済開発という名の下、世界でどんなことが起きてきたか。女性をこき使って格差を広げるだけという現象が起きてきました。そういうことなら、経済開発に反対する、あるいは先進国でいま起きていることに反対する。社会運動の中でどんなことが起きてきたか。もちろん女性運動が60年代、70年代に盛んになりましたが、社会運動のほとんどは男性、それも異性愛中心になされてきました。日本でもアメリカでも起きたことですが、「革命が成功すれば女性の要求が満たされるから、まずは革命を起こすほうに協力しろ」ということで、女性の要求が後回しにされたり、小間使いとして扱われました。経済開発というのは男優先の論理だったし、社会運動も男の論理だった。「女たち」はどちらからみても、そこに「いるのにいない」ことにされてきた。その要求は、「あるのにない」ことにされてきた。社会の中で重視されてこなかった。では、社会の中でも「女たちはどこにでもいる」と、視点をきちんと出したいと考え、この言葉、このテーマにしました。


リプロダクティブ・ヘルス・ライツ

麻鳥)社会の中での女性はどこに置かれてきたか。宗教でも同じ構造ですが、たとえばキリスト教の司祭や牧師に女は最初はなれなかったし、いつも最後にしか権力や物事はまわってこない。女性に回ってくる頃には、大半のおいしいところは男性名義に変えられている、男性所有が当たり前になっている。社会活動自体も男性名義で受け継がれていったのではないか。女を抑圧しても暴動の危険は少ないと決め付けられている。女が女しか産まないのなら、もっと女は男に対抗できたと思うんですが、女は女の子も男の子も産む。女の人は、自分が産むであろう男性に寛容で、そういう心理がうまく男性に利用されていると感じます。

鈴木)私が仕事で、とくにドメスティックバイオレンスに10数年かかわってみて思うことは、本当に身近なところに暴力が起きている。日本の中で婚姻制度というのを当たり前に思っている方もまだ多いと思いますが、その中で女性の人生、リプロダクティブ・ヘルス・ライツがどれだけ重視されてきたかは疑問です。いろんな人の話を聞いていると矛盾を感じます。結婚してからは、とくにいろんなことを感じます。
実際に起きていることは、婚姻した女性が夫との関係で望まない妊娠をして中絶をするとか、夫からの性行為を強要される、そういうことがなかなか表面にはあらわれないけれども、たくさん起きている現実があって、それは日本のことをきちんと見て変えていかなくちゃいけない。そういうところで日本と世界とつながっているんだ、そういう意味で世界と連携できるんじゃないか、と思っています。
どんなことをしていけばいいのか、とても抽象的ですが、一つは顔の見えるつながりを段々拡げていく。また顔が見えない存在の尊厳を、そこの部分では想像力と尊厳をもってつながっていくということがあると思います。
90年代というのは、いろんな意味で世界の人権状況が一時期改善した時期です。93年のウィーンでの世界人権会議では、人権の普遍性が謳われ、女性の権利が人権だということがはっきりと定義されました。政治的、経済的、文化的な体制の如何を問わず人権の保護は国の義務だということで、人権の普遍性が強く強調された会議です。
残念なことにここから女性の権利、リプロダクティブ・ヘルス・ライツに関しては、このあと段々と後退していって、それについて私たちがどういう態度をとるかを考えなくてはいけなくなってきます。94年、カイロでの国際人口開発会議があり、そこでリプロダクティブ・ヘルス・ライツという言い方をしていますが、重要なテーマがありました。この中で、人口を数として管理するのではなくて、人権として、または本人の希望を中心にみていく。出産でいうと、女性が子どもを産む・産まない、いつ産むか、何人産むか、それは本人の希望で決めるんだということがはっきりと確認された会議です。93年以降になると、一方でリプロダクティブ・ヘルス・ライツときちんと認められた反面、文化・慣習・宗教・政治ということでの巻き返しがありました。例えば家族については、異性愛を家族として認めるのか認めないのか、中絶の権利を認めるのか認めないのか、そういうことでかなり後退がありましたし、また、それぞれの国を尊重しなければいけないということも出てきたり、新自由主義の原理もかなり入ってきました。だからある意味では前進があったものの、ある意味では後退せざるをえない。あとあと保守政治に利用されるようなものを残した会議になりました。
95年の北京会議でも、女性の権利がすごくアピールされましたが、そこでも各国の状況を前提としなくてはいけないということで、かなり限界がありました。

麻鳥)それぞれの国の支配者が、どういう都合でその国を握っているか。たとえばイスラム圏ではイスラムのやり方が人権無視でも、それが女にとってどんなに嫌なことでも、女には譲らない。国連で話しあわれて、女の都合など聞かずに通ってしまう。全女性のために動くんじゃなくて、その国々にとって都合がいいように戻っていってしまう。

鈴木)北京では実際にいろんな対立があって、認められなかったものがありました。そういうことを考えていく上でどうするか。日本では、例えば性教育や中絶のことを考えるときに、教育の立場から論じるのか、保健の立場から論じるのか、人権の立場から論じるのか。
教育の立場から論じると道徳観の押し付けがおきやすいし、保健のレベルになると、それぞれの人の健康は確かに大事ですが、誰の健康を優先するのか、何でも犠牲にしていいのかということになる。強制的介入があったりして、また揺れ幅が大きくなる。
人権というのがすごく大事ですが、人権といっても、選択を押し付けられたり、自己責任ということがあって、やはり何をみていくにしても社会構造をみていかなくてはいけない。(図参照)

麻鳥)「選択の強制と自己責任」とありますが、我々にとってみると希望をもって生きるというのを左側に入れたい。保健のところにはいつまで生きていてもいい、と人からも言われ、自分でも言える。そいうのが入ってもいいと私は思っています。教育のところは「私」という概念は、自分でつくることができる。と左側に書きたいと私は思う。それなのに「なんじゃこれは」と。社会構造の問題でこれがネオリベラリズムとかいう新自由主義で、金権で決まるんだったら、女が金や力を持たないでどうするんだと、怒りが増します。

いざ、ナイロビへ

鈴木)ここからは実際にナイロビに行ってからの道順に従ってお話します。
一緒にご同乗ください(笑い)。
ナイロビへは直行便がないので、ドバイ首長国に寄りました。すごく新しい空港で、物流の中心であり、資金の流れの中心であり、科学技術の中心であり、人の流れの中心であるということで、新聞の広告にあるように、「ドバイが動けば花がなんとか」とか。

麻鳥)そうですね。アラブ首長国連邦は7つの国でできていて、選挙権がなくて、誰が順番に大統領になるかはすでに決まっているという世襲制のイスラムの最強国家、王様の国です。

鈴木)アラブ首長国は7つの国ですが、「G8 ジーエイト」に関していえば、世界の8人だけが決めてしまっているということを考えると、世界の縮図にすぎないのかなという気がします。
そこの人にどんなことが起きているかというと、すごく不安定なことで、いろんな押し付けや格差があります。

麻鳥)ドバイに関していえば、タバコの宣伝とか、サッカーの中田選手がテレビに出たときに、ドバイの人工海岸に女性アナウンサーが行ってましたよね。ドバイの写真や風景を一度でも見たことがあるという方はどのぐらいいます? 砂漠の中に巨大な人工の都市をつくっているところで、とてもじゃないけど普通のところじゃないです。
女の子は性的に買われ、男の子はらくだの使い手、ゾウ使いの奴隷として売られている。ドバイ空港の中はじゅうたんが敷かれ、本物のやしの木が生えている。トイレは勿論男女別ですが、モスクも男女別。床に寝る人も多くいます。アフリカに行く人、アジアにいく人、ヨーロッパに行く人の中継地なので、たくさんの人たちが寝たり座ったりして、24時間営業のデパートのようなところに監禁されているような感じですね。

鈴木)グッドバイ・ドバイということで、ケニアに着きました。
これから開会式になりますが、ケニアの1月はすごく暑い。ケニアの花ジャガランタが咲いています。健康ということでアルマアタ宣言というのがあります。30年ぐらい前、健康というのが基本的な権利であり、健康という視点から社会を変えていこうという発想につながっている概念です。最近は基礎医療とか地域医療のように使われていますが、私はここに大きな意味があると思っています。

麻鳥)私もプライマリーヘルスというのを、きちんと社会変革に向けた医療というふうに言葉でとらえなおすことが今までなかったので、いい機会でした。

鈴木)今日、中心になるセクシュアル&リプロダクティブ・ヘルス・ライツの方ですが、84年、麻鳥さんも参加した女と健康国際会議が3年に一度開かれていて、05年、インドの第10回目には私も参加しましたが麻鳥さんはずっと前から出ている。そこでリプロダクティブ・フリーダムという言葉、すべての女性に対して保障されるべきだとアピールされました。

麻鳥)人口政策を国の権力をもっている側が、わが国では削減するだの、勝手なことを言って、そこに含まれている市民として暮らしている女の人が政府の決定でどんどん巻き込まれてしまうというのが、84年まで完璧にそうでしたね。94年までの10年間をかけて少しずつ女の人が政治的に発言したり、政策に声を入れていったりして、だいぶ変わってきた。政府間の世界中の人口をどういうふうに抑圧したり調整するかという会議って、10年に一度なんですよ。ですから85年から94年までというのは、女の人が躍進したときでした。一回躍進すると、今度は男ががーっと抑えてくる。宗教やお金や教育などいろんなものを使って抑えてくる。今ちょうどかなり厳しい状態で、日本でも学校の先生の性教育とか、いろんなところに「いわれなきおしつけ」やクビにするぞ、金を払わないぞというやりかたで巧妙にやられていると思います。しかし今のところこのような動きまでみんなでたどってきたので、我々は少なくとも忘れていないよという行動を常に起こす必要があるかなと思います。

鈴木)70年代というのは、先進国と途上国との間で人口をコントロールすることについて対立があったんですが、80年はもう抑制するのが仕方ないかなと。それに対抗する会議として女と健康国際会議、女性の側からそれをどうとらえていくか。その会議に参加しました。

麻鳥)女がたくさん子どもを産むから食料が足りなくなって貧乏になるんだと。貧乏な女はほかにやることもないから子どもばかり産むんだと。すごい論理でした。じゃあ、その人たちが避妊を使えるようにするにはどうしたらいいのか。世界中で金を出せという動きになった。次に当事者である女自身が発言するという形で、我々が希望する人生をつくっていくには、これが足りない、これが邪魔、これが押し付けだというようなことを言っていって、94年を迎えたということです。
84年の女と健康国際会議を主催してくれたのが、グローバルネットワーク、世界中の女が手をつなぐリ、プロダクティブライツのためにという女のグループです。今はオランダに事務所があります。

鈴木)ナイロビでの参加というのも、このグループの人たちと一緒にいました。ナイロビの街を歩きましたが、教会でも準備がなされていました。街の中もキリスト系など、いろんなグループが行進していました。いろんなグループがいろんな課題で参加していました。人がいっぱいいて、市内の公園の中に数千人の人がいたりしました。

麻鳥)開会式だったと思いますが、ナイロビのど真ん中にあるウフルフ公園であったんですが、ウフルフというのは自由とか権利という意味だそうです。司会が4~5人代わったけど、ほとんど女の人だったのがうれしかったですね。来ている人は男の人がすごく多い。何語かはわからないけど手話通訳の人もいました。最初に話したのはライラさん。顔を何度も整形したアラブの女性闘志のライラさんでした。あとは引退した大統領とか。アフリカはみんなが思っているようなアフリカではない。みじめなばかりではない。自分たちには力がある。そういう話があったそうです。

ワールドソーシャルワーカーの旗が出ていましたが、エイズのない社会は可能だという文字を背中に書いたグループもいました。
アナザーワールド・イズ・ポッシブル、「まだ見たことのない世界はきっと実現する」、と訳しているところもあるし、「きっとある」という人もいます。これを何にあてはめるかですよね。エイズのない世界は可能である。何々は可能である。今はないけどありうる。いろんな言葉にかえて使っていました。

鈴木)ジャイカのビルがありましたが、90年代に建ちました。90年代にどんなことがケニアで起きていたかというと、それまでにヨーロッパが進出していたのが、みんな手を引いた。にもかかわらず日本は援助をしつづけた。援助するというといいことのように聞こえますが、ケニアの独裁色が強くなったときにもずっと投資しつづけていたということです。
途上国は80年代にたくさんの債務を負わされて、その返済に苦しんでいる。利子をたくさん払わなければいけないということで、国の経済が圧迫されている。国の経済が圧迫されるとどうなるかというと、結局教育を切り詰める、医療を切り詰める、保健を切り詰める。そういうことになっていくので、それを最後には帳消しにしろという運動が90年代後半からさかんに起こってきて、その中の一つの大きな勢力が「ジュビリー」で、この団体からも参加していました。
農業にもグローバリゼーションのしわ寄せがあります。東アフリカで農業をしている人のグループからも参加していました。ナイロビでは障害の問題にとりくみはじめたばかりということで、街の中を歩いていても、若い人でないと生活できないような、例えば、信号とかがほとんどないような状況で、道を渡るのもすごく危ない。会議の終わる2~3日前にも、障害は不可能、できないということではないというデモが会場の中で行なわれました。
すべての人に教育をひろげるネットワークからも参加していました。
教育の問題もすごく重要です。とくに女性に対する教育というのは、男性とくらべてすごく格差があるということですし、「失われた10年」を取り返すという意味で大きな課題となっています。

麻鳥)このウフル公園と言うのは、窃盗とか暴力被害に遭うので、日本大使館からは絶対に行ってはいけないと指定されている公園です。でも、この日は大コンサートを行ない、何千人という人たちが開会式に来ていたので、中も自由に歩けました。

鈴木)入場料が500シリング、日本円にすると1000円ぐらいかな。それぐらい。だけどそれが払えないから無料にしろというアピールがいたるところで行なわれていました。市民のためのフォーラムですが格差がある。会場自体も市内から10数キロ離れたところで、私たちはバスで40分ぐらいかけて移動したんですが、市内のスラムに住んでいる人たちは参加しにくいということです。

麻鳥)日本とかヨーロッパから行く人は100ドル以上払いなさいと。それはしょうがないと思う。500シリングというと7ドルぐらいだと思いますが、私がスラムの女の人から聞いた話では、路上で女の人が売春、買春をやって得られるお金が2ドルということもあると。10ドルというのが相場らしいんです。もちろんホテルだとかに行けばもっと高いかもしれませんが、1ドル2ドルのために売春をしているときに、7ドルや10ドルというのはとんでもないお金なんですね。それは自分たちに参加するなと言ってるのと同じだと言って怒っています。当たり前ですよね。2日目からは市内からかなり離れた会場でフォーラムが行なわれました。街から14キロ、中国が建設したらしく、蛇口は全部中国語。私たちはバスをチャーターしてあったから行けましたが、お金がない人はバス代も高いので歩いて来いということになる。一番近いスラムから1時間ぐらい。みんなが来れるような配慮は基本的に一切ありませんでした。

鈴木)会場に入ると各グループが横断幕をもって自分たちの主張をアピールしながら、交流をしたり、活動を紹介していました。インドからの出席者も多くいて、女性の財産権の保障を訴えていました。

麻鳥)財産権というよりも、夫が死んだら兄が妻である女性を相続できてしまう。そういう状態がまだまだたくさんあって、お金や土地の相続をできないところが多いので、できるようにするのが当然だという動きがやっと各地ではじまったんです。

鈴木)Tシャツにも、女性は男の財産ではない。むしろ土地や財産の主体になるんだと書いている人もいました。まだアフリカの中ではそういう地域が多いのかなと感じました。
予防と人権について少し話したいと思います。保健の分野では母子保健でも児童虐待でも予防が重視されていますが、予防をやっていくときに気をつけなくてはいけないこと、日本でもそうですし、途上国の援助でもそうですが、予防できなかった、予防しなかった人への差別がある。その人には援助をしないということで、問題が起きている。またリスクが高い人たちに対して、レッテルを貼ったり、差別的な運用をする。例えば、アメリカで起きているのは、アフリカンアメリカの管理をするために健診をたくさん受けさせたり、貧しい女性たちには子どもをたくさん産ませないとか、マイナス要素がたくさんあります。予防の面でハイリスクといわれると、その人たちの人間としての尊厳が奪われる。当事者でない人たちの理想と当事者の現実というのが全然違うのに、当事者でない人の健康維持のために当事者の意思や人権尊重が侵害されていくという状況が起きている。
HIVの検査を自発的にするために、ケニアでは街のあちこちに紫の看板が出ていて、会場にも車がきていました。

麻鳥)日本だったら結核の検診車みたいなのを思い浮かべたらいいと思いますが、自分から行ってカウンセリングを求め、テストもしてもらえる。強制ではなく、自分から行くということになっています。こういう車、旗が町中にあふれていて、日本でもやったらいいのにと思いました。

鈴木)きちんとした会議室じゃなくて、会場の中にテントを張って、その中で会議をするというものでした。アフリカではエイズの問題は表に出てきますが、その分女性のリプロダクティブ・ヘルス・ライツの問題はどうしても後回しにされてしまっていることが課題だと私は感じました。
人口政策の問題ですが、第二次世界大戦が終わったころから人口ということが少しずつ話題になってきて、74年のブカレストの会議では、先進国、世界銀行、国連の組織が多額のお金を投入して人口抑制する。それは自国ではなくて、自分たちがよそ者として位置づけている途上国の人口抑制に乗り出すということでした。標的になったのはもちろん途上国の人たちですし、その中でもターゲットにされたのは少数民族であったり、障がいを持つ人たち、貧困の人たち、移民の人たちでした。そういう中で何が起こったかというと、多くの副作用があるような避妊薬が使われたり、強制が行われました。または少ないお金やサリーなどと交換で不妊手術がなされた。そのような薬をその国に受け入れさせるために国際機関が製薬会社の利害を代弁して、早く認可させるように言ったという歴史があります。ケニアでも実際にありました。

麻鳥)インセンティブ、誘引とか誘うという意味ですが、鳥一羽とか靴二足と引き換えに女性が不妊手術をさせられる。インドとか南アジアではすごく行なわれてきました。そのために世界銀行は金を出す。金はそこでまわっていて、被害に遭うのはお金がおりてこない女。70年代、80年代というのはまさにそうでした。まだ続いています。

鈴木)わずかなお金ですが、実際には女性のもとに届くんじゃなくて、家長である男の方がさらっていったり、手術をする医者、紹介する村長、そういうところにお金がおちていく仕組みになっている。

麻鳥)たとえばフィリピンではIUDを入れることに成功した仲介者は20ドルもらえる。5人連れていってIUDを入れさせると、連れていった人にお金が入って本人には1円もいかない。月経がありそうな女の人を健康のためとか何とか言って、5人いれば100ドル、6人いれば120ドル支払われるというのを人口基金がやっていて、それに世界銀行もお金を出していた。

鈴木)日本だけでなく、世界でも優生政策に基づいて強制的な不妊手術、とくに障がいのある人をターゲットにして行われてきました。ずっとそういうことが続いてきましたが、昨年12月に障がい者の権利条約が採択されて、その中にリプロダクティブ・ヘルス・ライツも認められています。日本も先月(07年9月)署名しました。今後は、日本が過去に障がい者にやってきた強制的な不妊手術に対してきちんと清算すること、それから国内法を整備していくことが課題だと思います。人口政策として今起こっている問題は、女性の責任として転嫁されていることが多くあります。本来男の問題やシステムの問題なのに、それがすべて放置され、見逃されてしまうということが起こっています。

麻鳥)1000以上の分科会や会議が行われていましたが、みんなの目をひくためもあるし、新しく付け加えるプログラムもあるので、会場のいたるところにいろんなものが貼ってありました。そこで見つけたのが「Qスポット」です。これは「れ組」関係に違いないと思い、そこに出かけました。Qというのは、クイアのQからきてるようです。今の社会では、私はレズビアンですと言うと、「あなたは他の人とはちょっと違うのよね」という反応を常にされます。私は東京れ組スタジオのメンバーですが、そういうことを質問している本人は、あなたはどうして男女愛なの?とは聞かれない。私はそうなった原因を聞きたいと思うんですが、常に普通が異性愛で、普通じゃないのがその他。トランスジェンダーだの、たいていカタカナで、それは普通じゃないといわれている。じゃあ、その普通になったきっかけは何?という討論会をしてみたいと思います。たまたま私はレズビアンですが、さっきと同じように女たちはいてもいないように扱われている。レズビアンもいるのにいないように扱われている。
10年前ぐらいには、レズビアンは矯正できると思われていました。アフリカではレズビアンやゲイであることがわかると、投獄されたり精神病院に送られて矯正される。

鈴木)私は夏にインドに行ったときに感じたんですが、HIVの予防のポスターというのが、男と男の組み合わせか、女と男の組み合わせしかない。レズビアンの生きにくさというのが、男に従属しなければ生きられない社会・制度があるからだと私は感じています。
このテントはちなみに会場の少し離れたところにあったんです。そういったところもレズビアンの人たちの社会での居場所を象徴しているのかなと思いました。

麻鳥)クイアの人たちは最初から申し込んでいたのに、行って探してみたら、どこにもなかったそうです。名前がない。地図にも載っていない。そこで倉庫か何かに使っていたところを会場にしたそうです。アフリカで一番ひどい法律のところは、ゲイやレズビアンは終身刑なんです。ウガンダとか。ケニアは最高14年の懲役。ここで写真をとったものが自分の国で公表されたらかなり危ないということです。
ケニアで一番大きな民族であるキクユ族の女性は、自分がレズビアンであることを母親と祖母に告げたら、二人から祝福されたそうです。キクユ族では、女同士の結婚式が儀式的にですがされていたそうですので、良かったと言われた。でも町に住んでいるいとことか、そういう人たちからはすごく悪く言われている。かつては同性愛がその部族の中でおおらかに受け入れられていたものが、イギリスがきてキリスト教的にゲイは全部だめになっていって、法的に違法になった。侵略した国が持ち込んだものと、男の方が偉いとか、いろんな考え方がミックスして、女同士で暮らすことが現実には難しい。

鈴木)アフリカの法律は、宗主国であった国の法律にすごく影響されている。中絶の法律も、イギリスの67年の改正にスタートして、かなり改善はしてきましたが、アフリカの国はほとんど前進していない。それが女性の健康を守ることの障壁になっています。
宗教を否定するものではないんですが、それが宗教原理主義ということになってしまうと、単一の決めつけが起きる。選べなくなる。それは女性の健康を守る上では対立するものだと思います。自由と選択は誰のものか。本来すべての人が利用できるはずのものですが、新自由主義の発想になってくると、選ばれた人しか利用できない。78年のイランの革命や、79年にアメリカで起きたモラルマジョリティが原理主義と結びついてきた。日本では「生長の家」などもモラルマジョリティの会議に参加して、パワーアップしていった。原理主義があるとどんなことが女性に起きるかというと、職場や教育から追放されたり、離婚やセクシュアリティの制限が起きたり、移動が制限されたり、中絶が禁止されたり制限されたりして、女性が貧困になったり、妊産婦の死亡が起きやすくなる。

麻鳥)男を頂点に立てた家族主義をどうしても守りたいという人たちが、とても多い。女のひとたちだけの集団を、母系制を維持していく発想があるかというと、ほとんどない。私は聞いたことがない。結局は男性をトップにした家族主義を守っていくときに、女の人にはこれだけは譲れ、あるいはやるな、これをしなさいという命令が出てきていると思います。

鈴木)カイロ以後にいろんなバックラッシュが強くなりましたが、バチカンやイスラム、ブッシュ政権になってからはアメリカもそれに加わって、いろんな部門で反対が起きています。リプロダクティブ・ヘルス・ライツのことに対して後ろ向きの発言や資金提供の拒絶が起きているということです。

麻鳥)生長の家というのは宗教団体で、基本は仏教ですがそこにキリスト教もつっこんで宗教のビタミン剤と呼んでくださいとパンフレットに書かれていて、びっくりしました。そこに彼らの三大悲願というのが書いてあって、要約すると明治の民法に戻すこと。明治民法って何ですか? つまり妻に財産権はまったくない。中絶した場合は女だけが罰せられる。男をトップにした家族主義を守りたい。結婚には親の同意がいる。保守的な人にとってはすごくわかりやすい。個人主義なんてとんでもない、同性愛なんてもってのほか。他の宗教原理主義もほとんどそれに近いものです。
日本で安全な中絶ができるかと聞かれたら、結構みんな手を挙げると思います。確かに安全な中絶はできます。でもそれはお目こぼしで許可されているにすぎない。嘘をついて書類をつくるわけです。けれど、刑法に堕胎罪があるので、中絶すること自体が刑法にひっかります。妊娠した人と手術をした人は罰せられるけれど、精子を出した人はどうか。まったく問われない。たとえば強姦にあった人が中絶するとき、その費用をだれが払うのか。レイプされた本人からお金をいただくしかない。

鈴木)ワールドソーシャルフォーラムの中で、この問題がどう扱われていたかというと、プロライフ、中絶については罰せられるべきだという立場のブースも存在していました。私はすごく違和感を感じました。そういう意味でフォーラムできちんとわかっているのかと思いました。世界で起こっている妊産婦死亡の約50万件の13%というのが、安全でない中絶によるものです。また安全でない中絶によって後遺症をこうむる女性というのは2000万人と言われています。推定値なので、実際にはもっと多いかもしれません。そしてその96%が最貧国に住んでいるということで、経済の問題とも絡んでいます。

麻鳥)スウェーデンでは、すべての子どもは望まれて生まれてくる権利があるという法律ができて、中絶は完璧に自由化されました。つまり望んでいないのだったら中絶をしても罪に問われない。そういう国もあります。

鈴木)たとえばニカラグアでは昨年の秋に人工妊娠中絶を全面的に禁止するという法律が通ってしまった。今裁判所の中で争っていますが。エルサルバドルでもそういう状況がある。アメリカでは海外支援について、中絶のサービスを提供するようなところには資金を提供しないと。しかし、ポルトガルでも合法化する法律が通っている。メキシコでは中絶が合法化されたということもありますが、一回権利をかちとったところでも、カトリックなどからの巻き返しによって、取り返されているという状況があります。
中絶が合法になっているヨーロッパの国の中で、カトリック教会が圧力をかけて、それぞれの病院の中で中絶をしにくくする。性暴力について、妊娠中絶を認めていこうというアムネスティの立場とローマカトリック教会が対立してきたりとか、が最近の動きとしてあります。

麻鳥)その人がどう思っていようが、どんな立場だろうが、レイプされようが、妊娠している中の胎児の方が尊いのであって、女の方は死ぬしかないような状態にローマカトリックはもっていってる。
鈴木)イスラムに現存する「ストーニング」、石打の刑というものの廃絶を訴えるグループがあります。

麻鳥)バングラデシュにも石打の刑がありました。バングラデシュもイスラム国です。ある女の人がバスの中で運転手にほれてしまって、そのことがばれて、男は100回鞭打ちされ、女の子は穴を掘って石打の刑で、殺されてしまったので、周りの女性たちがこんなこと二度とあっちゃいけないと。2年ぐらいがんばって3月8日の国際女性デーの日に大きなキャンペーンを行なって、石打の刑はバングラデシュでは廃止になりました。けれどもイランは宗教原理主義が強くなっているので、あえて見せしめとしてやると思います。シャリア法というのがイスラムにはあります。これは宗教と関係していることは関係していますが、国際政治とも関係していて、バングラデシュやパキスタンというのは、インドとの違いを出さなきゃいけないという国です。パキスタンは70年代にイスラム色を強めるためにイスラム法を強くする。その結果女性の立場を固定するということが起こってきています。イランも国際情勢の中で引き締めをはかろうとして石打の刑を行なっている。

麻鳥)同じ容疑で捕まった人が、男は鞭打ちで、女の人は石打の刑で完璧に死ぬわけですよね。男だって100回も鞭で打たれたら重傷を負うと思いますが、だけど男女で罪が違う。これが同性愛の女性が石打の刑になったとしたら、二人とも石打の刑なんですよね。

鈴木)イギリスで今年の8月でしたか、同性愛による迫害を理由にして難民認定を却下したことがありました。一つはそれが起きているイランの問題、もう一つは建前として受け入れを表明しつつ、実際には同性愛かどうかわからないとかいろんな理由をつけて認めない。実際に迫害があるとはいえないというようなことを理由にして難民認定をしないと。どこも同性愛を受け入れたがらないという、先進国側での差別が実際にある。
今の資本主義の中心となっている交換経済というものが、際限なく進んでいって、その行き着いた先がグローバリゼーション。じゃあ個人の尊厳を求めていく、つながりを取り戻すのはどうしたらいいのかということで、贈与経済、信頼とか絆とかを取り戻す経済があってもいいのじゃないかということを提案しているグループのところにも行きました。

麻鳥)ギフトエコノミーというタイトルになっていましたが、信頼を仲介にして、人に物を、財産を渡していくということを女だからできるし、女がかつてはそうだったという力を持っているんだから、これから展開していこうよという話し合いでした。

鈴木)無償だという話になると、結局女性の方がいいように利用されてしまうというリスクもあるので、家父長制を崩しながらやっていくという難しい問題はありますが。
アフリカでの問題として、異常に高い妊産婦の死亡率があります。またFGMをはじめとする女性に対する暴力の問題もあるし、HIVがとくに女性に集中してきたという課題や、産科ろう孔(フィスチュラ)  の問題もあります。



●パワーポイント
「世界の妊産婦死亡率」
毎年、世界中で50万人以上の女性が妊娠・出産中に死亡している。毎分1人死んでいることになり、その99%が開発途上国に住んでいる。サハラ以南のアフリカでは、女性が生涯のうち妊娠出産中に死亡する確率は16分の1(先進国では4000分の1)である。

鈴木)日本で起きていることと関係があるのか、ないのか。「かわいそうな遅れた国の人たち」と見下すことは、彼女たちの尊厳を奪うことになるし、私たちが生きている社会の中で、世界とつながっているものも非常に多い。起きている仕組み自体に共通するものがたくさんあって、その中心にあるのが家父長制です。FGMの問題と、前の厚生労働大臣の「産む機械」発言とは、女性の身体を誰がコントロールするのかという意味で、すごくつながっていると思います。日本でも中絶の許可条件が、いつでもどちらにでも変更されてしまう状況があり、紙一重のところにあるのではないかと私は思っています。
世界の妊産婦死亡率の話を少ししたいと思います。今からちょうど20年前に国際機関が集まって、セーフ・マザーフッド・イニシアティブというものを立ち上げ、妊産婦死亡率を下げようとしましたが、20年経っても実際にはほとんど下がっていない現実です。
世界で毎年53万人の女性が妊娠・出産を原因として死亡しているという現実がありますが、20年前でも50万から60万人の数字が挙がっていて、ほとんど減っていない。それで、2015年までに世界の状況を変えるために達成すべき目標として、国連で合意したミレニアム開発目標の5番目に、妊産婦の健康改善があげられ、妊産婦死亡率を4分の3減少するという目標が立てられました。いまその中間点にありますが、実現はかなり厳しいといわれています。

●ほとんどの妊産婦死亡は、防ぐことができる。では、何故実現できないか?
妊産婦死亡率は、出生10万件に対して何件というように表していますが、この地図の色の濃い国は550件以上で、非常に死亡率の高い国です。これを見るとその国が貧しいかどうかにかなり影響されていることがわかります。ちなみに死亡率が一番高い国は、シエラレオネが10万分の2000、アフガニスタンは1900で、妊産・出産が原因で死亡した女性の99%が発展途上国に住んでいる。アフリカでは16分の1の確率で妊娠出産を原因として女性が死亡していますが、先進国では4000分の1です。すごく大きな格差がある。そのほとんどの妊産婦死亡は防ぐことができるものです。それがなぜできないのか。
例えば、100万ドルの費用支援が減少するごとに、望まない妊娠が36万件増えて、妊娠中絶が15万件増える。妊産婦死亡が800件増加します。では、世界の軍事費はどのようか。登録されているだけで1兆ドルあります。いかに女性の健康のためにお金が使われていないかがはっきりわかります。そういう中で世界の開発系の銀行、世界銀行などはリプロダクティブ・ライツに対して資金提供を減らす方向へ進んでいる。世界銀行の2007年4月の理事会での話には、出資計画の中から「家族計画」という言葉そのものを削除しようという動きがありました。結果的には阻止されましたが、アメリカ合州国などが主導して、そういう動きがありました。
日本でもこのリプロダクティブ・ライツの動きに関して、難しい問題があります。昔は日本も世界銀行を通して、結果として強制的な不妊手術に関するお金をたくさん出していて、それが国益に叶うとされていました。今ではむしろ、女性の健康のためにお金を使わないという動きになっています。JICA(ジャイカ)の会長にトヨタ自動車の会長が就任するという噂もありましたが、そうなるとまさに人間の健康というよりも経済開発、例えば車を売るために道路をつくることが優先されそうです。道路をつくること自体は悪くないし、妊娠や出産のときに、搬送するためには道路がより良くなっていった方がいいというのは確かにあります。しかし、どこにお金を使っていくかといった場合に、日本では車をたくさん買わせるとか、日本の経済のことが中心になってしまう。今、国際保健の中でいろんな動きがあって、妊産婦死亡を下げていこうというきちんとした動きはありますが、それではアメリカや日本の国内の状況はどうかというと、実はすごく危ういと思っています。
ちなみにアメリカでの妊産婦死亡率は減少でなく、増加に変わったということが一部で報じられています。日本でも今は10万分の6とか7、そういう水準で動いていますが、産科医療を軽視する動きや医療格差の問題、バックラッシュの問題があって、ここ10年の動きを見ていると増加しかねないとの危惧を感じています。

●FGM(女性性器破壊)

FGM(女性性器破壊)の問題ですが、FGMをした女性が1億4千万人いる。2006年の医学雑誌ランセット(Lancet)で報じられたFGMによる健康被害や人権侵害が起きている、これについては処罰をする動き、違法にする動きがあります。しかしこれに反対して実際にはいわゆる「ヤミ」でのFGMが行なわれたり、年齢が下がっていくという動きがあります。また医療という枠の中、医療としてなされたなら、違法ではないと抜け道をつくる動きもあります。FGMがなぜ続けられているのかを、きちんと考えないといけない。私は、女が男と婚姻しなければ生きられない社会そのものが原因であると思っています。

麻鳥)マリでFGMを廃絶するために戦っている人は、一所懸命活動してやっと若い男性の何人かに一人は「自分はFGMをしていない女の子と結婚してもいい」と言うようになったそうです。ということは、FGMをしていない女は、穢れている女であり、災いをよぶ女だと決め付けられてきたわけです。こういう文化が根絶やしにされない限り、終わらないなあと感じました。FGMをしている女の子とは結婚したくないというのも失礼な話ですが、男が「FGMなんかなくてもいいんだ」と思わないと、これは終わらないと彼女は言っていました。

鈴木)エジプトやスーダンも非常に高い割合ですね。そういうふうなアフリカのリプロダクティブ・ヘルス・ライツを考えるためのグループがあります。

麻鳥)若い人たちと一緒にエイズの問題に取り組んでいる人、マリから来たケイトさんはFGM一筋で、絶対に廃絶したいと言っています。
ナイロビにはマサイの人たちの市場もありました。マサイの人たちはあまり町に降りてこないんですが、火曜日だけ町で市場を開いている。マサイの中ではFGMがかなり完璧に行なわれているので、ほかのところの人がマサイの少女が駆け込めるシェルターをナイロビで作っています。マサイの人たちは、綺麗だし美しいし、あこがれの部族って気がしますが、よく知ってみるとFGMの文化を保持している。そういう面も知っておきたいと思います。

●「貧困とは、どういう問題か」
貧困という言葉が含む優生思想
貧困者削減ではなく、貧困者解消を目指すべきだ
全ての人に価値がある

鈴木)国連のミレニアム開発目標について、日本ではあまり大きく議論されていませんが、国際連帯の場では結構重視されています。それは貧困の問題を2015年までに解決しようということで、いくつかの目標を立ててやっています。それで貧困ということをどう捉えるかですが、貧困というと誰が悪いのかという話が出てきます。私たちの中では劣っているとか、かわいそうだからということではなくて、むしろ搾取されているから貧困が起きていると捉えなおすべきだと考えています。
貧困をなぜなくすかというと、治安を守るためではなくて、一人ひとりの生きることが認められることだというのが、基本におかれるべきだと考えます。
食糧危機の問題もあります。先進国の利益を守るためではない。GMOと略していますが遺伝子組み換え食品についても批判的な意見が述べられています。食糧危機と言われているけれど、世界の富豪225人が持っている資産の4%を使うだけで、食料・水・健康の問題がかなり解決されるのではないかということも、統計上言われています。
ミレニアム開発目標に8つの目標があります。その中で5番目に妊産婦死亡の減少であるとか、6番目にHIVやマラリアなどの疾病の予防があげられている。ミレニアム開発目標をどう位置づけるかについて、私たちの中にもいろんな議論があります。カイロの国際人口開発会議の行動計画に入っていたリプロダクティブ・ヘルス・ライツが、この2~3年にミレニアム開発目標に入れるという話になってきてはいますが、明記されていないし、具体化されていません。それでカイロからミレニアムになって後退したのではないかと私たちは捉えています。リプロダクティブ・ヘルスのサービスへの普遍的なアクセスの保障ということですが、2005年頃から入れていこうという国際合意は形成されつつありますけれども、アメリカとバチカンが徹底的に反対していて、具体的になされていません。その後、2008年にはミレニアム開発目標の5番目「妊産婦への健康改善」の目標としてリプロダクティブ・ヘルスのサービスを誰でも利用できることが定められ、具体的な指標が国連から発表されました。
ミレニアム開発目標は女性のためになるのか。グローバリゼーションの問題を重視していないし、ジェンダーの問題も書いてあることは書いてありますが、すごく弱い。カイロや北京会議で合意されたことに何も足していない。そのことに危惧を感じています。それでも国際合意がとられているので、守っていこうという強制力はある。そういう意味では一定程度の意味はあるのかなと思っています。そういうことについて女性グローバル・ネットワークの中で会議がもたれました。

●アメリカ合州国大統領が世界にはめた猿ぐつわ
情報があっても出せない女性クリニック

妊娠中絶についてのサービスや情報を提供するNGOに、アメリカは資金を出さない、「グローバル・ギャグ・ルール」という英語で言われていますが、ギャグというのは冗談という意味ではなくて「猿ぐつわ」とか緘口令というような意味です。そういうルールをアメリカが強いたために、資金援助を受け入れる世界各地のNGOは、実質上、女性への情報提供や治療を放棄せざるを得なくなった。グローバル・ギャグ・ルールの受け入れを拒否したNGOは、アメリカ合州国の資金援助を得られないということです。ケニアのIPPF(家族計画協会)でもこの問題が起きていました。

麻鳥)この「猿ぐつわ」は多大な悪影響を与えています。女の健康について活動しているクリニックに、悩みを抱えて出かけて行っても、中絶や避妊の情報をもらえない。スタッフは情報を出したくても、情報提供すればクリニックへの助成金がこなくなる。だから中絶や避妊について、情報も知識もあるのに言ってはいけない状態です。各地で女性のためにも自分がやりたかった運動からはずれていくことを強いられることになっています。アメリカのブッシュは汚いなあと思います。バチカンもいけません。このように人を追いやっておいて、何が神の教えなんだと私は言いたい。

鈴木)アメリカという国は自分では民主主義を標榜しているのに、外国に対してはお金の力でいうことを聞かせるという矛盾したことをやっている国ですよね。グローバル・ギャグ・ルールというのは資料をご覧下さい。ケニアでもアメリカからの資金がこなくなって、中絶の技術を持ったクリニックがつぶれたりしています。

麻鳥)医者も中絶の希望者には頑張っていますが、すれば逮捕されてしまう。医者のグループからも、こんなことでは女性の健康は守れないと、話してくれました。


●HIV/エイズとグローバリゼーション

鈴木)HIVについてですが、今は「ABC」という言い方がされていて、英語の頭文字からきているのですが、Aは初交年齢を遅くするための自発的な禁欲、Bは相手と相談できる誠実な関係を持つ、Cはコンドームを正しく継続して使う、です。この中の、Aしか認めないという動きがアメリカなどで強くなっていて、問題だと思います。またABCだけでは範囲がとても狭い。「CNN」だと言う人もいます。コンドーム、注射針、性交渉について自分の意見や感覚を言えることだと。そういうことを代替案として考えていくというグループもあります。それから女性とエイズのことを考えていくときに、引用されますが、その対策が女性にとって効果があるのかというところから考えていかなくてはいけないとも言われています。
HIV/エイズの課題は、グローバリゼーションの問題ととても絡んでいます。アメリカは性教育やコンドーム配布の分野などで反対の動きをしている。売春や人身売買反対の誓約書で、セックスワークについて反対しない限り資金提供はできないようにするとか、アメリカが国連に圧力をかけてハーム・リダクションプログラム※の動きをできなくしてしまうということがあります。
※ 薬物を使ったことに対して処罰するのではなく、注射針の交換のプログラムや害の少ない薬物を利用すること。


●HIV/エイズの女性化
感染だけでなく、治療・ケアでの過酷化

鈴木)薬の問題もHIVの問題として出てきます。この数年で大幅な改善があるものの、先進国が薬を高く売るために、特許にもとづいて権利を行使して途上国の中では高くて買えないので普及しにくいということが起きている。HIVに限らず医療費が削減されている。国の中で医療者が育たずに国外に流出してしまうということもグローバリゼーションの悪影響として起きています。
それから、HIVの女性化という問題が起きていて、身体的構造だけでなくて、社会的経済的立場ということ。例えば女性に財産がないこと。相続権が否定されたり制限されていることが非常に大きく影響して、女性の感染率が高くなっています。また夫による性暴力が禁止されていない国、日本も実質的にそうだと言ってしまってもおかしくないと思いますが、そういう国では婚姻している夫からの感染も非常に多くなっています。ケアの方も女性の方は無料でケア労働に従事しなくてはいけないが、女性が感染すると男性とは違って適切なケアが受けられないという問題や、女性が感染している場合に、母子感染を予防するプログラムがありますが、それも途上国では制限されて利用しにくいということがあります。実際にアフリカのスラム地域などでは女性のHIVに取り組む活動として、経済的な支援であったりとか、親がHIVに感染してエイズを発症すると、子どもが学校をやめて働きに出るとか家族を看護しなきゃいけなくなる。その場合に、そうなるのは女性に偏りがちで、女性の教育の権利を保障していくというような活動がなされたりしています。

麻鳥)ケニアのナイロビ、それもスラム地域でエイズになった女性たちを支援する人のミーティングが寸劇をまじえて行なわれていました。
話は変わりますが、会場内で誰かが物を盗られたとか犯人がいるとか叫んだら、ものすごい素早さで警察官がやってきて誰かを逮捕していきました。世界フォーラムの会場内でしたが、警官が大勢い登場してすごく早い対応で、「ああ、こうやってすぐに逮捕されるんだ」とヒヤッとしました。

鈴木)最終日に、女性グローバル・ネットワークの会員のみの会議がホテルで開催され、アフリカでのリプロダクティブ・ヘルス・ライツについて話されました。妊産婦死亡についても中絶についてもかなりひどい状況ですが、どうすれば活動としてとりくめるか話し合いました。

麻鳥)もともとこのプログラム自体が、最後の一日は、自分達が関わったグループでしっかりと集ってネットワーキングする日になっていたようです。それで私たちはアフリカの地域の人たちと、アフリカ地域でどうするかというミーティングに参加しました。

鈴木)マサイの人たちも観光産業に取り込まれているという問題があります。それからマサイの人たちの中でのFGMの課題。それはやはり文化ということだけでは済まされない問題です。敬意と人権がどう関わるかという問題ですよね。スラムの中には入れませんでしたが、そこで女性の人権はより軽視されているし、いろんな問題が起きているということです。

麻鳥)ケニア最大のスラムには80万とも100万ともいわれる人たちが住んでいます。たぶん3畳ぐらいのところに5人か6人住んでいる。トイレはありません。水道も基本的にない。スラムに住んでいる人からも直接話を聞けましたが、水は市が売りにくるそうです。水がなければ供給するべきですよね。トイレがないのでビニール袋を利用している、と話してくれました。

●今、できることをする

鈴木)課題が大きすぎると、どこから手をつけていいか、むつかしい。家父長制ひとつとってもすごく大きすぎる。日常生活の中から見直さないといけないこともあるし、国内のことというのもあるし、海外の課題もたくさんある。それをどうやって結びつけていくかということは、私も含めてみんなの課題だと思います。
2008年はワールドソーシャルフォーラムが開催されません。その代わりとして1月に世界経済フォーラム、ダボスで開かれる会議は普通に行なわれるので、日本でも各地でそれに対抗する行動をとろうということで、1月26日にどこかの場所を借りて集ろうとしていますし、関西でもそういう動きがあると聞いています。(2008年1月26日に、東京の荒川でWSFあらかわ1・26グローバル・アクションを開催し、のべ500人が集まり、様々な社会運動を検討しました)。
5月にTICAD?(ティカド・フォー アフリカ開発会議)という、4回目の会議が横浜で行なわれるので、リプロのことが弱いんじゃないかとか、いろんな提起をしていくことも企画しています。ケニアの例で出たように、日本はアフリカに対して利権を強めるために1990年代に積極的に出て行ったという名残も感じるのですが。
2008年7月には北海道でG8サミットが行なわれるので、G8自体に正当性があるのか、当事者のいないところで決めていいのかという話もあります。これに対してどう取り組んでいくか。日本に住み、日本という国家があることによって、ある意味で利益を得ている、守られている私たちがどう取り組んでいくかは考えるべき課題だと思います。これはどの運動についてもいえますが、自分たちがいないところで決められては困るということ。無視されては困る。忘れられては困るということを自分に言い聞かせたいと思います。

麻鳥)私は、女の人がちゃんと財産を持って、女から女に渡していく活動をしたいなと思っています。『女の遺言』という本の中に書きましたが、「こんなに女の人がナメられたままで、たまるか」と思っています。微々たるものでも、ちっちゃいものでも集めていけばきっと何かになる。そう信じたい。グローバル・ネットワークの女性国際会議の中で聞いたのですが、例えば蝶々が一羽だと風にあおられてフラフラとおぼつかなないかもしれない。けれど、何千何万羽の蝶が群れて飛んでいるのを見たときに、まるで龍が飛んでいるように力強く見える。そういうところに女はいる。今は財産もなく、吹けば飛ぶような女たちも、龍になる。そういう話が出たときに、この『女の遺言』本にしっかり書こうと思いました。そんな思いで、女が女に空間をプレゼントする「女の空間NPO」もつくりあげました。女の人が女の人に具体的に何かを渡していく活動をしていきたいと思っています。

〈参加者からの質問に答えて〉
■フィスチュラ(産科ろう孔)とは何か?
先進国では予防も治療も可能だが、アフリカでは実現せず、差別も大きい。

麻鳥)大腸や肛門などに穴があき、便が漏れてしまうこと。病気によって起こるものもあるが、アフリカで問題になっているのは、女性がひどく扱われたことによって起こることをさす。FGMでも起きるし、レイプされたときにペニス以外のものを挿入されて起きる。ある女性が言っていたケースでは、紛争地域で攻めてこられ、村の女性全員がレイプされたあと、腟を銃で撃たれたというものです。充分な医療も受けられないために、その結果垂れ流しになってしまった。そのうちの何人かはヨーロッパに行って治療を受けられた人もいる。しかし、その手術を担当した医師が、これはあまりにひどく中が壊されていて、縫えないし、代替器官をつけることならできるかもしれないが、これがアフリカでたくさん起きているのなら、あまりにもひどいと言っていたそうです。

鈴木)基本的には腟や他の器官とがつながってしまうこと。原因としてあるのは今言ったことのほかに安全でない中絶によって起こることもあるし、若すぎるときの妊娠によって起こることもアフリカではよく起きている。「おしっこ臭い」と仲間から言われて、コミュニティの中から排除されるなど、治療の問題と当事者への差別の問題、どちらもが当事者を苦しめている。フィスチュラのほとんどは適切な医療で対応可能なので、ヨーロッパで支援の活動があるし、日本でも活動グループがあります。ホームページをご覧になれるようでしたら、ぜひ見てください。

麻鳥)私がもっとも腹が立ったのは、エイズにかかった男性たちが、「処女と性行為をすれば治る」と信じてレイプをしていることです。この流言飛語が広まってしまい、7歳とか6歳の女の子が大人のペニスで痛めつけられている。そうするとフィスチュラになることもある。

鈴木)私は、先月ソウルで開かれた世界障がい者インターナショナル(DPI)という世界会議に参加してきました。そこで問題になったのは、障がい者と性の課題。障がいを持っている方は性的な体験をほとんどしていないと決め付けられ、障がい者に性は不用だという考え方。優生思想で強制的な摘出手術が行われるということが日本でもありましたが、それとルーツは全く一緒なんです。アフリカではそういう形で障がい者の女性は処女だと見られて、処女とセックスするとエイズが治るという迷信とあいまって、性暴力を受ける。そしてHIVに感染させられることも起きています。HIVと障がいの問題は、この会議でも大きな問題となっていました。アフリカの迷信ということになってしまうと、アフリカ特殊論になってしまいますが、他の地域でも実際に起きているし、日本でも似たようなことは起きている。その発想はつながっているものがあるんじゃないかと私は思います。

麻鳥)障がいをもった友人もいるし、私自身60歳なので、アフリカに行ったら、障がいの問題や高齢女性の問題を知りたいと思っていたんですが、全く情報が得られませんでした。なぜなら、その人たちは生き残れないということでした。だから町には障がい者も老人も姿がありません。平均寿命が45歳の国なら、老人になる前に亡くなっている。だから圧倒的なお金の差、環境の差というのを感じる。とはいえ、そこに住んでいる人たちは別の意味の豊かさもあると思うので、私がつべこべ言うことではありませんが、それにしても死ななくてもすむ人がいる。フィスチュラにしても、治療がすぐにできる地域に住んでいる人の人生は違う。妊娠中絶にしても、合法でさえあれば出血多量で死なないですむ。ということを考えると、ただ格差がありますねだけじゃなくて、越えられるはずの格差は越えられるように手をつなぎたいなと思いました。

鈴木)ラテンアメリカでは危険な中絶による死亡がとても増えている。ニカラグアでは2006年末に中絶が全面的に禁止されました。女性の身体・生命が危ない場合やレイプであっても妊娠中絶することは禁止です。お金のある人はキューバとかほかの国で中絶することもできるけれど、お金のない人は国外に出られずに闇中絶をするか、自分でなんとかしようと危険なことをすることになる。世界の妊産婦死亡の原因ごとの集計が行われていますが、ラテンアメリカではやはり危険な中絶による死亡がほかの地域にくらべてとても高くなっています。それは私たちの状況とも無関係ではないと思っています。
スポンサーサイト



コメント












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://g8womensrightsforum.blog82.fc2.com/tb.php/80-5f0e1949
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫
カレンダー
03 | 2021/04 | 05
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

プロフィール

allies

Author:allies
「G8女性の人権フォーラム」事務局です。
お問合せ先→すぺーすアライズ:〒272-0023 千葉県市川市南八幡4-5-20エムワイビル5A
Tel: 050-3337-2442 Fax: 047-320-3553 E-maiil: allies(at)crux.ocn.ne.jp

最近の記事
カテゴリー
月別アーカイブ